共に分かち合い、共に働き、共に生きることの素晴らしさ

 70才の定年後、2年半過ぎてから急に何をするにも意欲を失っていたのですが、木村幸夫司祭から今回の被災地のボランティアに誘っていただき、何が出来るのかという不安を抱きながら参加させていただきました。正味三日間のボランティアでしたが、被災者への熱い思いを持って働かれているボランティアの姿に接して、私の中にも熱い思いが与えられたことを感謝しております。

 私は最初の二日間、津波によって家屋を押し流された跡の土砂の取り除き、家屋は残っているが、床下に溜まった土砂や家屋の周囲にある土砂の取り除きの働きに参加させていただきました。久しぶりの力仕事に体が心地よい痛みを感じましたが、しかし、充実した思いにさせていただきました。被災者の方と一緒に働きながら、被災者の方の苦しい、辛い、悲しい思いを聞きながら、共に働き、共に生きることの喜びを味わわせていただき、感謝な思いで一杯になりました。

 三日目は共にボランティアしていた人達の温かい配慮で、私は肉体的なボランティアではなくて、津波によって流され、誰のものか分からない写真や持ち物の展示する作業をさせていただきました。私自身、この3月20日に牧師館から狭いマンションに転居したために、妻から沢山ある写真を整理し、思い切って捨てるように言われて、捨てたところでした。被災者の方の写真を一枚一枚、模造紙に貼りながら、家族にとってこの一枚一枚の写真がどれほど大切な思い出があり、貴重な宝物であるかを思いました。その日が津波によって流された写真等の展示の初日で、8月末まで続けられることになっております。そして、この展示は午後3時が閉じることになっていたのですが、ある写真に写っている人物を知っている人が現れ、早速、連絡を取ってくださり、午後2時50分に一人の婦人が来られ、ご自分やご家族の写真と劇的な対面されたのであります。この婦人は家を流され、震災に遭われたことによって精神的に苦しい、辛い思いが重なり、体にジンマシンが出ておられました。この婦人のご家族の写真は約170枚ありました。婦人は本当に感謝しながら、帰られました。私達も彼女の喜びを共有させていただき、喜びに満たされた一日でした。

 このように、私は今回のボランティアを通して被災者の人達の苦しみや悲しみを少しでも分かち合うことによって共に喜びを分かち合うことの出来たこと、力の与えられたことを感謝すると共に被災者の方々が一日も早く元気になられることを祈っております。本当にありがとうございました。
(主教 宇野徹)